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東京高等裁判所 昭和63年(う)306号 判決

本籍及び住居

埼玉県春日部市大字上蛭田六四一番地

会社員

横山博義

昭和七年二月二八日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和六三年二月一五日浦和地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官平田定男出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人木下貴司名義の控訴趣意書(その趣意につき、弁護人は、第一回公判において、専ら量刑不当を主張する趣旨であると陳述した。)に記載されているとおりであるから、これを引用するが、所論は、要するに、原判決の量刑が被告人に対し刑の執行を猶予しなかった点で重過ぎて不当であるというのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、第一土地株式会社(以下単に「第一土地」という。)の代表取締役の地位にあって同会社の業務全般を統括していた被告人が、同会社の専務取締役の地位にある曾田數雄と共謀の上、同会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上げの一部を除外し、あるいは仕入れの水増しをするなどして所得を秘匿し、昭和五九年四月一日から同六〇年三月三一日までの事業年度における同会社の実際所得金額が一億四四四二万二七五八円もあったのに、同年五月二九日、春日部税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が六二四六万一一五六円であって、これに対する法人税額が五三七八万八三〇〇円である旨を記載した内容虚偽の確定申告書を提出し、もって不正の行為により正規の法人税額との差額である五一四九万八九〇〇円の法人税を免れたという事案であって、そのほ脱率が四八・九二パーセントにも達していること、被告人は、事業資金を確保すべく、本件で問題になっている土地につき、第一土地が転売する目的をもって土地所有者らから直接購入したにもかかわらず、いわゆるトンネル会社を設立して、一旦その会社が購入し、しかる後に同会社から第一土地が右土地を購入したかのように装い、あるいは個人名義で購入し、その名義で売却したかのように装うなどして、土地の仕入代金を水増計上し、あるいは土地の売上代金を除外して第一土地の所得を秘匿したものであって、その動機には格別酌むべきものが認められないこと、被告人には昭和五一年一一月に所得税法違反で懲役六月(二年間の執行猶予付)及び罰金六〇〇万円に処せられた同種前科があること、そのため、被告人は、実刑に処せられることを恐れた余り、国税当局の調査を受けるようになっても、約一年間にわたり本件犯行を頑強に否認し続け、更に、土地の売主らに働き掛けて証拠隠滅工作をするなどしていたが、逮捕勾留されるに及んで漸く自供するに至ったものであり、その犯情が悪質であること、被告人は、本件で税務調査を受けておりながら、その後も第一土地の法人税を過少に申告していることからすると、納税意識が著しく低下しているといわざるを得ないので、再犯の恐れも否定できないこと、以上の諸点に徴すると、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。

してみると、被告人は、本件について深く反省し、原審当時一三〇万円の贖罪寄附をし、更に当審に至ってから「社会福祉法人子供の町」等五団体に合計八七〇万円の贖罪寄附をしたこと(ちなみに、被告人は、既に捜査段階において、検察官に対し一〇〇〇万円の贖罪寄附をする旨申し出ていたことが認められる。)、第一土地は、重加算税等を含めた本件法人税を全部納付していること、本件は単年度の脱税に関する事案であって、仕入の水増し、売上の除外回数もそれほど多くはないこと、その他所論指摘の被告人に有利な諸般の情状を十分考慮しても、被告人を懲役六月の実刑に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは考えられない。

所論は、(一)原判決の認容した仕入の水増額が七四九三万六七六五円となっていて、いかにも高額のように見えるが、伊藤礼一及び市原義一から仕入れた土地の水増分については、本来、その仕入額に取得経費を加えたものが前記の仕入額に計上されて、当期の期首棚卸高として繰り越されるべきところ、その仕入代金等の諸経費が右水増額から支出されていたため簿外となっているので、右仕入代金等を右土地の原価として認容すべきであり、これを控除すると、実質上の仕入水増額は三七七三万一四一五円に過ぎず、(二)原判決の認容した売上除外額も九五四八万五〇〇八円となっていて、相当高額であるかのような印象を与えているが、右売上除外額に対応する土地の原価が簿外から支出されているので、これを右売上除外額から控除すると実質上の売上除外額は一九五五万五〇一〇円に過ぎない旨主張する。

しかしながら、関係各証拠を調査して検討するに、第一土地の本件事業年度における仕入の水増額を七四九三万六七六五円、売上除外額を九五四八万五〇〇八円とそれぞれ認定した原審の判断は正当として是認できること、原判決が第一土地において伊藤礼一及び市原義一から仕入れた土地の取得原価全部につき、期首棚卸高として認容し、更に、売上除外額に対応する原価についてもすべて仕入額に計上して認容した上、第一土地の本件事業年度における所得額を算出認定していることは記録上明らかである。してみると、原判決は、第一土地の本件事業年度における仕入の水増額及び売上除外額を実質的に算出しているものということができるのであって、仕入水増額及び売上除外額の実質額が少ないことを強調し、これを被告人に有利な情状として斟酌すべきである旨主張する論旨は到底採用することができない。

なお、所論は、第一土地が埼玉県岩槻市に売却した土地の売上除外分については被告人に刑事責任がない旨主張するけれども、第一土地は、右土地を控訴趣意書第二の二の2の〈5〉に記載されているような経緯で岩槻市に売却したとしても、その取引により、多額の利益を得ているのであるから、第一土地の本件事業年度における法人税の確定申告をするに当たり、ことさらその所得を秘匿して申告しなかった被告人の所為は、法人税法一五九条一項に該当するので、その刑事責任を問われるべきは当然である。

以上のとおりであって、論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺澤榮 裁判官 朝岡智幸 裁判官 新田誠志)

昭和六三年(う)第三〇六号

○控訴趣意書

被告人 横山博義

右の者に対する法人税法違反被告事件について、弁護人は次のとおり控訴理由を述べる。

昭和六三年五月三〇日

右弁護人 木下貴司

東京高等裁判所 第一刑事部 御中

控訴理由

第一 原判決には量刑不当の違法があるので破棄されるべきである。

一 原判決は被告人を懲役六月の実刑に処する旨の判決を言い渡したが、本件において被告人に実刑を科するのは重きに失し、執行を猶予するのが相当である。

二 原判決が被告人に実刑を科することとした理由は、判決書には記載されていないのでこれを詳らかにしないが、第一審公判中の被告人質問における検察官及び裁判官の発問内容、並びに、検察官の論告内容からして、

1 租税ほ脱の手口が悪質であると評価されたこと

2 被告人は、昭和五〇年に所得税法違反で有罪の裁判を受けたことがあるが、その際のほ脱の手口は第三者の仮装名義による不動産売買取引を行って所得を隠匿したというもので、今回と同一であると看做されたこと

3 本件に関する国税当局の査察進行中に行われた昭和六二年三月期決算の税務申告においても脱税が意図されたものではないかと疑われていること

等が主たるものであると認められる。

三 しかしながら、本件を詳さに検討すると左の事情が認められるのであって、被告人にはその刑の執行を猶予するのが相当であると思科される。

1 ほ脱の手口に関しては、主たるものは売上除外と仕入水増とされているが、本件は、当初からの脱税を主とした目的とする一貫した意図により、全取引の二割とか三割にあたる売上を計画的につまんで除外したり、全仕入について一定率の上乗せを図っていたというような、継続的意思をもって多数回に亘り計画的に遂行されていたものではなく

〈1〉 ほ脱は第一土地株式会社(以下単に「第一土地」という)の法人税に関する単年度のものにすぎない。

〈2〉 仕入水増は一回きりにすぎず、これによる所得のほ脱額は約三、七〇〇万円にすぎず、その動機も、土地を仕入れるにあたって売主からの表向きの契約額とは別に裏金交付を要求され、これを捻出するためであったという事情にある。

〈3〉 売上除外は四回に亘っているが、主たるものは一回であった、既に第三者に売却の契約をしていた土地について、岩槻市から買収申込を受け、右の第三者への売却契約を解約してまでも同市に協力したものであり、これによるほ脱所得は約三、〇〇〇万円となっている。しかし、この件は、同市には予算の制約があり、第一土地が右の第三者に売却した場合と同額の売買ができず、第一土地としての仕入売上でなく、第一土地関連の個人が他から買受けて岩槻市へ転売したという形をとって、土地収用法の適用による税制上の優遇措置を受けることとなったもので、これは全く岩槻市の指示教唆によるものであり、岩槻市において春日部税務署とも協議した上でのことであったのである。第一土地としては、この件に関し、当初の第三者に売却していれば、このような売上除外の問題もなく、税引後の利益も確保できていたものなのである。これに関しては被告人や第一土地が一方的に非難されるべきいわれはない。

売上除外のその他の三件は、相手方との取引を成功させるための手段として行われた結果として約二二七万円の所得をほ脱することとなったもの一件、ほ脱の意図はなく単に記帳漏れにすぎなかったと認められるもの一件(所得ほ脱額約 一六八万円)及び第一土地のダミー会社名義で取引したため第一土地についてみれば売上除外とされているものの結局損失が生まれているというもの一件にすぎない。

ということが記録上明らかで、主たるほ脱行為はわずか二回にすぎず、偶発的と言えるものである。

2 ほ脱所得に関しても、これは被告人や関係者の個人資産の形成に用いられたものではなく、簿外とはなっているものの仕入等に用いられていたものである。それが、判決書添付の修正損益計算書に表れている簿外の期首及び期末の棚卸資産の認定なのである。

3 有罪裁判歴に関しては、前回のものは純粋に被告人の脱税的意図によるものであって処罰を受けたことは止むを得ないが、今回のものは、右1及び2に述べたのが実情であり、表面のみを見て手口が同一であると評するのは当を得ないものである。

4 本件査察進行中の昭和六二年三月期決算の税務申告においてもほ脱が意図されていたのではないかとの点に関しては、決してそのようなものではなく、以下のとおりの事情によるものである。

即ち、得意先三者から、「いい物件があれば、回して欲しい」と頼まれ、その資金を第一土地おいて預り金として受け入れて記帳していたのであるが、第一土地が国税当局の査察を受けることとなって、右三者が不安を感じて差し入れてある預け金を返却して欲しいと申し入れてきたところ、第一土地には十分な現金預金の資金がなかったため、保有していた棚卸資産を、利益補償もしなければならないので、割り安の価格で売却するという形をとったのである。

これを、国税当局から利益調整と疑われたのであるが、被告人及び共犯者の會田数雄は勾留中でもあって、十分な反論も出来ないままに、税理士を通じて修正申告をしただけのものである。

決して、脱税というようなものではなかったのである。

5 被告人は、原審判決までに金一三〇万円のしょく罪寄付を行っていたが、今回更に金八七〇万円のしょく罪寄付を行って改悛の情を示している。

これも、本件に関する捜査中に捜査担当検察官に対して、金一、〇〇〇万円のしょく罪寄付を表明していたのであるが、原審の担当弁護人から「そんなにしなくてもいいよ」と言われて任せていたところ、金一三〇万円しか寄付しないですますということになっていたものであって、今回、当初の意思のとおりに実行することとしたものである。

6 納税に関しては、既に加算税、重加算税及び延滞税の全てを納付済である。

以上の点につき、以下詳細に事情を述べる。

第二 罪体について

一 ほ脱行為の概要

1 原判決の認定したほ脱事実は、昭和六〇年三月期(自昭和五九年四月一日至同六〇年三月三一日)のものであり、その内容は、

ほ脱所得額 金八一、九六一、六〇二円

ほ脱税額 金五一、四九八、九〇〇円

で、その主たる手口は売上除外及び仕入水増であるとされているが、右によれば、認定されたほ脱犯は単年度のものにすぎず、そのほ脱所得金額も、ほ脱税額も、国税当局の検察庁に対する告発基準を越えているとはいえ、近時の法人税法違反事件のすう勢から見るならば、それ程高額のものとは認められず、むしろ事案としては、比較的軽微と言わなければならない。

2 右ほ脱所得額の金八一、九六一、六〇二円は、何によって形成されたかという点について記録を仔細に検討すると、詳細は後述するが、多数回に亘る継続的計画的行為に基づくものでなく、大きくは次の二回の偶発的行為によるものにすぎないことが判明する。

その一は、土地を仕入れるについて土地所有者から公表契約額とは別個の裏金を要求されたことから、阪急商事株式会社(以下単に「阪急商事」という)なるダミー会社を設立し、土地の仕入についてこのダミー会社を介在させ、このダミー会社からの仕入値を高額にして、即ち、第一土地本体として仕入水増をすることによって、右ダミー会社に裏金資金を流出させて捻出備蓄したというものである。

しかしながら、右の仕入水増取引が仮装されたのは一回きりにすぎず、後述のとおり、水増額の実質、即ちこれによる所得の隠匿額は、

約三、七〇〇万円

にすぎない。

その二は、真実は第一土地としての仕入及び売上の取引でありながら、個人名義を用いて買入及び売却を行い、これによる所得を隠匿したというものである。後述のとおり、この形態のものは前後三回存在するが、その最大のものは、第一土地が仕入れて既に他に売却すべく契約していた岩槻市慈恩寺所在の土地について、これを岩槻市から売却を懇請され、既に行っていた他との売買契約を違約金を払ってまでも解約して同市に売却した件に関するものである。これは、岩槻市側の予算上の問題があって売買額に制限があり、やむを得ず、第一土地側の利得を補償する手段として、同市の指示により、土地収用法の適用による税制上の優遇措置を受けるために(棚卸資産については土地収用法が適用されても税制上の優遇措置はない)、売買を第一土地の関係者の個人名義で行って約三、〇〇〇万円の譲渡益を得た上課税を免れてこれを利得したが、個人名義売買としたことにより第一土地については売上除外の結果となったものである。

他の二回は、全てを合計しても、売上除外に基づく所得の隠匿額は僅少額にすぎず、これも第一土地としては取引上止むを得なかったと認められる事情が存すること後述のとおりである。

3 以上のとおり、原判決で認定されたほ脱所得の大部分は、わずか二回の行為によって形成されたものであって、しかも仕入水増も、土地の仕入にあっては、この業界の特殊性として裏契約による裏金交付の要求に応じないわけにはゆかず、相手方の要望によりやむを得ず応じたことに端を発するものであり、個人名義を利用した取引による所得の隠匿というのも右2に述べたとおりの経緯にあり、これを見ると、第一土地の法人所得及び税に関するほ脱は、多数回に亘り継続的意思をもって計画的に行われていたというような事案ではなく、一定の脱税的意図により計画的に一定割合の売上を除外したというものでもなく、一応の決算結果を見て税額調整上除外したものでもなく、一定率による仕入水増を行ったものでもなく、何れもその都度のやむを得ないとも認められる事情により行った偶発的なものと言うべきである。

4 更に、右の岩槻市の指示により、土地収用法適用対象とするための取引の個人名義への切換えとこれによる税制上の優遇措置の利用に関しては、岩槻市当局は春日部税務署とも協議している事実が存するのであるが、かかる事実が存しても、本来第一土地に帰属すべき所得を隠匿除外したのであるから、所得及び税のほ脱を構成することは争えないものではある。

しかし、犯情において、これを処罰すべきものであるかというと別異であろう。さすれば、この部分を除外すれば、第一土地に関する法人税法違反の本件は、ほ脱税額及びほ脱税率の両面から見て、国税局からの告発基準に達していなかった可能性も強く、被告人が公訴の提起を受けることもなかった筈のものなのである。

二 ほ脱要因別の検討

1 仕入水増

〈1〉 仕入水増の額は、判決書添付の修正損益計算書によれば、金一〇、五一六、五一五円として計上されているが、これを収税官吏作成の「仕入高調査書」(記録第二分冊)によって見ると、

仕入水増否認額 金七四、九三六、七六五円

簿外仕入認容額 金六四、四二〇、二五〇円

の差額として認定されたものであることが判明する。

しかしながら、右簿外仕入認容額は、期首簿外棚卸資産認容額と合わせて、ここから期末簿外棚卸高を減じて、簿外原価を算定すべきものであり、その額は

金七七、七七四、九九八円

で、これは売上除外額(簿外売上)に対応する原価であるから、後述の売上除外のところで述べる。

そこで、右仕入水増について検討を加えることとするが、これは、前期中の昭和五九年一月二七日に、伊藤礼一から金二、三五〇万円(諸経費を含む仕入額は金二四、一三〇、三五〇円)で仕入れた

花巻市矢沢第一一地割三一番の一所在の田

二、六三〇平方メートル(約七九七坪)

に関するもので、当期において、第一土地のダミー会社である阪急商事株式会社から仕入れたものと仮装して、公表上は金七四、九三六、七六五円を計上したもの

であり、仕入水増は、この一件のみであって、他に仕入水増は存しないことは記録上も明らかである。

〈2〉 ところで、この仕入水増の発生の経緯は以下の通りで、その契機となったのは、土地仕入にあたって売主から表向きの売買契約金額外の裏金交付を要求されて、その捻出の必要があったためであり、第一土地の所得及び税のほ脱が動機ではなかったのである。本来経費として計上すべきものを相手方の都合で、これができなかったために、このような操作をしたにすぎないのである。

即ち、当時右伊藤礼一から土地を仕入れるにあたって同人から裏金交付を要求され、また同人の仲介により市原義一所有の土地をも仕入れる取引も進行していたが、ここでも裏金交付を要求される状態にあった。

そして、不動産取引業界では、買主から売主に対して公表契約外の裏金を交付する事例も稀ではなく、このこと自体土地売主の譲渡益課税のほ脱を意味するものであって正しいこととは言えないにしても、仕入を円滑に進めるためには業者としては必ずしも拒否できないことは事実である。現実に取引界では、真実は土地売買代金の一部を裏金としたりあるいは企画料というような趣旨不明の名目を付した金員を交付したりすることが、あるいは譲渡益課税回避のため、あるいは国土利用計画法の制限を免れるために行われているのが実情である。

しかし、第一土地としては裏金である以上公表経理から支出することもできないので、採用したのが、右伊藤礼一からの買付につき表向きの買主として第三者を介在させ、第一土地が当該第三者から右裏金分を上乗せした金額で買入れる形をとって、裏金分を支出する方法であった。

当初は、その第三者として、

井上正明

を立てて契約書を作成していたが、これでは見かけ上同人に不動産譲渡益が発生し、かつ不動産取引については登記等の関係上これを税務当局から隠匿することも困難であった(勿論その隠匿は売主伊藤のためのものである)。

そこで、

阪急商事株式会社

なるダミー会社を設立して、これを右の第三者として介在させ、同社からの裏金分支出には仲介手数料等の名目を付すれば、同社は実質上ペーパーカンパニーであるから、税務当局の追及もないであろうということとなったのである。右経緯により、右伊藤礼一との取引に関しては阪急商事を買主とする売買契約書を作成し直している。

ところで、右経緯のみであれば、第一土地の阪急商事からの買入額は(伊藤との表向きの契約額金一、五九〇万円+裏金分金七六〇万円+諸経費)とすれば足りた筈である。

しかし、前記のとおり市原義一からの仕入れに関しても裏金が必要となっており、更に今後同様に取引にあたって裏金支出を必要とする事態も予想された。

そこで、右伊藤礼一及び市原義一に交付する裏金及び将来の同様の事態に備えての裏金資金備蓄を考えて、ある程度まとまった金額をプールしようとしたものである。

他方、右伊藤礼一から仕入れた土地が金九、五〇〇万円で売却できることとなったので、このうち金二、〇〇〇万円を第一土地に留保し、金七四、九三六、七六五円を阪急商事からの仕入として計上して支出したのである。以上が、金七四、九三六、七六五円の仕入水増の経緯であるが、右の裏金交付は、伊藤礼一及び市原義一からの要求によるもので、第一土地側からの要求によるものでなかったことは、以下のところから明らかである。

イ まず、第一土地にしてみれば、仕入代金は経費となるものであって、これの一部を圧縮隠匿することについて何らのメリットも存在しないこと。

ロ 伊藤礼一所有の土地の売買に関しては、同人は当時花巻市内にアパートを建築していて、その資金捻出に苦慮しており、この土地の売却によってできるだけ多額の手取額を入手しようとしていたのである。

それ故に、第一土地との売買が持上がった時、既に他の第三者に坪二万円で売却する契約をして手付金までも受領していたのに、第一土地の方が坪三万円ということで、先の契約を解約してまでも第一土地と契約しているのである。

第一土地との交渉に際して、同人は坪三万五、〇〇〇円を要求してきたが、先の売買が坪二万であったことからしてもこれは高額に過ぎ、第一土地の条件は相当なものであったことが分明である。それでも、同人は税引後の手取額を多くしたいと考え、また同人自身不動産仲介業をやっていることから税に関する知識もあって、裏金を要求するに至ったのである。

右経過のうち裏金要求は同人が行ったものである旨の供述は同人の検察官調書(記録第三分冊二九三丁以下)にも若干の記載があるが、同人の収税官吏に対する質問てん末書(同、二三三丁以下二八九丁まで)においては、裏契約はもっぱら第一土地からの要求である旨記載されているほか、同人が何故に裏契約を必要としたのかの必然的理由の記載もなく、一度は他に売却していたものを解約してまでも第一土地に売却したことの供述記憶も存しない。今回初めて、同人からこの経緯や事実に関する供述を得ることができたので、控訴審において立証する予定である。

ハ 市原義一所有の土地の売買に関しては、同人は酪農業を営んでおり、その事業資金として農林金融公庫から約二、三〇〇万円を借入しており、右土地に抵当権も付せられていたが、これを返済する必要に迫られて、右の土地を売却しようとしていたのであるが、ここでも税引後の手取金額をもって右弁済をすべく、前記伊藤礼一のアドバイスもあって、第一土地に裏金を要求してきたのであって、第一土地が提案したものではないのである。

これについても、収税官吏に対する質問てん末書(記録第三分冊、三四〇丁以下)には、裏契約に至る経緯は全く述べられておらず、今回が初めて右経過が明らかになったので、控訴審において立証する予定である。

〈3〉 右水増仕入額は、前記の修正損益計算書によれば、

金七四、九三六、七六五円

と高額に上っており、会計処理上は右金額を計上することとなるのはやむを得ず、いかもに莫大な金額の水増を行ったように見える。

しかし、真実の水増額は

金三七、七三一、四一五円

にすぎないものである。

即ち、右〈2〉に述べたように

イ 伊藤礼一からの真実の仕入額(公表契約金額+裏金分)金二、三五〇万円に取得直接経費を加えたものは、右水増額から支出されており、本来前期において第一土地の仕入に計上し、当期において期首棚卸額として繰越されて原価要素として計上されているべきところ、これが簿外となっていたので、これを認容計上されるべく、その額は

金二四、一三〇、三五〇円

であるが、国税当局もこれを認容している(記録第二分冊、収税官吏作成名義の「期首棚卸高調査書」四頁)

ロ 市原義一からの土地の仕入代金の内金九八二万円は、前期において第一土地の公表経理上計上されているので問題はないが、同人に対する裏金金一三、〇七五、〇〇〇円は右水増額から支出されており、本来前期において第一土地の仕入に計上し、当期において期首棚卸額として繰越され原価要素として計上されているべきところ、これが簿外となっていたので、これを認容計上されるべく、国税当局もこれを認容している(前同)

という状況にあり、結局、経理上の処置としては勿論正しいとはいえないものの、右の合計額

金三七、二〇五、三五〇円

は、みせかけ上の水増仕入額金七四、九三六、七六五円中真実仕入に支出されていたのであるから、これを差し引いた前記金額三七、七三一、四一五円が実質上の仕入水増額であり、かつ、所得のほ脱額となるわけである。

2 売上除外

〈1〉 判決書添付の修正損益計算書によれば、売上除外額は金九五、四八五、〇〇八円と計上され、収税官吏作成名義の「売上高調査書」五頁(記録第二分冊)によって見ると、その内訳は、

イ 昭和五九年四月三日付の埼玉県北葛飾郡庄和町大字西金野井字風早所在の土地を渡辺正雄に売却した金一二、〇〇〇、〇〇〇円

ロ 昭和五九年四月一八日付の高崎市寺尾町所在の土地を富沢三郎に売却した金一、八八五、〇〇〇円

ハ 昭和五九年八月付の岩手県稗貫郡石鳥谷五大堂の土地の筑後知恵他二名に売却した金五六〇万円

ニ 昭和六〇年三月七日付の岩槻市慈恩寺字入山所在の土地を岩槻市に売却した

金七六、〇〇〇、〇〇八円となっている。

右によれば、売上除外額は相当に高額な印象を与えるが、真実のほ脱所得額は

金一九、五九五、〇一〇円

にすぎないのである。

即ち、低廉な代替物を多量に販売するような業種にあっては、除外された売上額は直ちにその分が所得のほ脱額を構成することになるが、本件の第一土地の商品は土地という高額な非代替物であるから右とは事情を異にしており、除外された売上商品に対応する原価即ち仕入等諸経費も除外されて簿外となっているのである(本件では後述のように、富沢三郎への売上に関し、記帳漏れと言える分が金一、八八五、〇〇〇円存在するが、これは例外である)。従って、これを差し引いたものが実質上のほ脱所得を構成するものであり、後述するところによって明らかなとおり、右見かけ上の売上除外額から受ける印象とは異なって、はるかに少額の金一九、五九五、〇一〇円にすぎないものである。

右の経緯があるが故に、修正損益計算書の上で多額の簿外棚卸高及び簿外仕入高が表れてくるのである。

また、右のとおり売上除外の操作が行われたのは四件の取引に過ぎず、四件と言うものの右イ及びロの売上除外に基づく所得除外金額は合計約四〇〇万円と少額で、右ハの売上除外に至っては約三三八万円の損失を生じさせているばかりでなく、この三件についてもそれぞれに酌むべき事情があり、右ニの岩槻市慈恩寺所在の土地の岩槻市への売却に関するもの一件だけが主たるもので、後述のとおり、被告人や第一土地に責めを問うことが、不当にさえ感じられるものである。以下に、右イ、ロ、ハ、ニの各売上除外について個別的に、売上除外を行うに至った経緯、及び、当該売上除外に起因する所得のほ脱額について詳述する。

〈2〉 前記イの埼玉県北葛飾郡庄和町所在の物件に関する売上除外

右土地は磯辺精一なる人物の所有であったところ、同人は以前に不動産の売却に関して不動産取引業者から不愉快な思いをさせられたことがあり、また不動産取引業者に売買差益を取得させたくないという気持もあって、「業者には売却したくない。業者は仲介だけで、実際の利用者に売却したい。」という意向を示したため、第一土地が買主として取得できない事情があったので、被告人の義弟関口歳男を買受名義人として取得した上、渡辺正雄に売却したという事情があった。

本件では、売上除外額は金一、二〇〇万円であるが、右磯辺からの買取価額金七三〇万円のほか宅地造成費等金一、〇八三、〇〇〇円を支出しており、仕入原価は金八、三八三、〇〇〇円となっているほか、登記手数料金一九五、〇〇〇円及び売却時の仲介者(有限会社藤不動産)への支払手数料金四二万円も要している(以上は国税当局に認容されているところである)。

また、右のような取引形態を偽装したため、当初磯辺精一に買取代金を支出するため、その資金を関口歳男への貸付金として支出し、公表帳簿上受取利息金五〇万円を計上し、且つ第一土地自体は仲介者という形を取ったことによる受取手数料金五〇万円も公表に計上しており、国税当局もこの分は売上除外を認定したことの反面として、それぞれ収益の減算として処理している(記録第二分冊、収税官吏作成名義の「受取手数料調査書」二頁、同作成名義の「利息収入調査書」二頁)ところである。

従って、結局本件による実質上のほ脱所得額は金二、二七七、〇〇〇円にすぎないのである。

〈3〉 前記ロの高崎市寺尾町所在の物件に関する売上除外

この物件の仕入は、前期において、公表帳簿にも記載されているのであるがこれの分譲販売を阪急商事に委託し、売上済となったものについては売上を計上していたのであるが、その一部即ち富沢三郎に売却した分については、その代金をいわゆるマル専手形で受領したところ、その支払い場所が高崎であったことから、既に詳述した第一土地のダミー会社である阪急商事の預金口座も高崎市に存在したため、右阪急商事の預金口座から取立に出していた。

これについて、記帳漏れとなっていた

既決済分(右阪急商事の口座に入っていた)金二八五、〇〇〇円

未決済分 金一、六〇〇、〇〇〇円

について、売上除外とされたものである。

右のとおり仕入も公表に計上されているのであるから、決してこの売上分を隠匿除外する意図はなく、手形の取立銀行口座として阪急商事の口座を用いていたため、第一土地の公表帳簿への計上を失念していただけのものであり、単なる計上漏れである。

〈4〉 前記ハの岩手県稗貫郡石鳥谷五大堂所在の物件に関する売上除外

この物件は、当期において、阪急商事名義で伊藤仁太郎から金八、〇三六、七〇〇円で仕入れたもので、その面積は四、二〇五・一平方メートルであったが、これに手を加えて宅地造成を行い(この時点での簿価は金九、九一四、三五〇円であった)、分譲を行ったものである。

しかし、右の内一、五五一平方メートルを売却することができただけで、

売上代金は、金五六〇万円

で、これに対応する。

原価部分は、金三、六五六、七八八円

と計算され、

売上利益は、金一、九四三、二一二円

であった(記録第二分冊「期首棚卸高調査書」四頁)。

しかも、右の土地仕入契約や造成工事打合時に

旅費交通費 金二八八、〇〇〇円

を、右分譲時には、

広告宣伝費 金三、八一六、四〇〇円

支払手数料 金一二二万円

を、それぞれ簿外で支出しているのである(これも、国税当局の認容しているところで、修正損益計算書に表れている)。

従って、以上による実質上のほ脱所得額は、

マイナス金三、三八六、一八八円

となるのであって、即ち損失を生じさせてしまっているのである。

〈5〉 前期ニの岩槻市慈恩寺所在の物件に関する売上除外

これは、前記の「一ほ脱行為の概要」で述べた岩槻市への売却に関する一件であるが、その取引の経緯は次の通りである。

イ 第一土地は、昭和五九年一一月二七日、この土地を沢田昭ら三名から代金四四、七五〇、八六〇円で仕入れる契約をした。

ロ 第一土地は、その頃、この物件を宍戸武司の仲介により、有限会社砂川ホームへ、代金九、〇〇〇万円で転売する契約をした。

ハ 昭和六〇年一月頃、岩槻市財務部財政課長兼土地開発公社事務局長岡村恒人が、この物件に関し、第一土地に対して「この物件は第一土地のものと聞いているが、岩槻市において買収したいと思っている。県の強い指示もあるので是非売ってもらいたい」と申し入れてきた。

ニ そこで、第一土地としては、市の要請で公的な用途に使われるのであれば、協力しようということで、先に契約していた砂川ホームとの契約を解約して岩槻市に売ることとした。

ホ そこで売買代金額が問題となったのであるが、第一土地としては、本来砂川ホームに金九、〇〇〇万円で売却する旨契約しているのであって、同ホームに対し違約金五〇〇万円を、この売買の仲介をした宍戸に対し仲介手数料金三〇〇万円も支払う必要があるので金一億円を主張した。

ヘ しかし、岩槻市では予算上の制約もあるので、そんな金額は支出することはできないと主張し、それならということで岩槻市が持ち出してきたのが、土地収用法の適用であり、同法適用による収用の場合個人であれば金三、〇〇〇万円までの譲渡益課税の免除措置を税法上受けられるという話であった(棚卸資産については適用がない)。

つまり、第一土地が法人として砂川ホームに売却した場合の税引後利益を、だれか適当な個人名義の売買を仮装して、右の方法により実質的に補償するという提案であった。

ト 岩槻市側は、土地収用法の適用が可能かどうかの検討及び春日部税務署との右優遇税制の適用の可否についての協議をすることとなった。

チ 右の結果、了解が得られたという回答であったので、第一土地では、元の所有者であった沢田昭らからの買受名義を

第一土地専務 會田数雄

第一土地従業員 横山友之

被告人の義弟 関口歳男

として売買代金を支払ったが、この売買取引の仲介手数料合計一、三四一、〇〇〇円を仲介人に対して沢田の方で支払ったので、同額について仕入値引の計算となった。

リ 更に第一土地では、砂川ホームとの売買契約を解約して違約金五〇〇万円を支払うと共に、仲介人の宍戸にも手数料三〇〇万円を支払って、この取引きを解消した。

ヌ 次いで、右の會田、横山、関口の三名が、それぞれ岩槻市から土地収用法の適用をうけて、土地を売却するという形で代金合計七六、〇〇〇、〇〇八円で売買契約を結んだのである。

右三名の譲渡益合計金約三、〇〇〇万円については、課税優遇措置の適用を受けるということで、非課税扱いとなった。

ル 右の売却益については、本来第一土地のものであるから、とりあえず、右三名からの預り金という形で第一土地に入金した。

本件の経過は右のとおりであるが、査察をうけるに至り、この取引に関し、国税局の査察官から

第一土地の売上除外である

本来第一土地では適用を受けることのできない税の優遇措置を受けて税をほ脱するために、取引名義を個人に切り換えたのである

と追及される結果となったのである。

これに対して、被告人や共犯者の會田は、査察官や検察官に対し、強く事実経過を主張したのであるが、岩槻市の担当者も春日部税務署も

その様な指導や要請をしたことも、その様な取扱について了承を与えたこともない

第一土地側で勝手にやったことである

と言っているとして取り上げて貰えなかったものである。

しかし、証拠上、第一土地が砂川ホームに金九、〇〇〇万円で売却する契約をしていたことは、証拠上明らかであり、このとおりの取引をしていれば、これによる譲渡所得額は

約四、五〇〇万円

であり、これに対する税額は五〇パーセントであるから

約二、二五〇万円

の手取利益を得ることができていたのである。それなのに、第一土地が、砂川ホームに違約金を支払い、かつ、違法と評価される方法を取ってまで岩槻市に低廉な価額で売却する必要があろうか。

更に、本件土地の元所有者の一人澤田順一郎に対して岩槻市が照会しており、第一土地が取得していたことも聞かされていた事実も明らかである(記録第四分冊五三丁以下、澤田順一郎の収税官吏に対する質問てん末書)。

また、個人名義の取引を仮装するにしても、三名を登場させる必要はなくて、土地収用法の適用に伴う課税控除は一名につき金三、〇〇〇万円まで認められるのであるから一名の買受売却名義で足りたのである。

しかし、岩槻市の右岡村が「一名よりも、三名にして一人当りの金額を低くしておいた方が、市の方としては通りやすい」と指示したので、かような取扱となったものである。

売上除外とされる本件の取引の経緯が右のとおりのものであったことは断じて真実である。

検察庁の右岡村恒人に対する取調べにおいて(記録第三分冊、四一四丁以下、同人の検察官調書)、同人は岩槻市の指示によるものであることを否定しているが、同人の右供述には、岩槻市との売買名義人に関口歳男も加わっているのに、岩槻市当局者の誰一人として同人と面接していない旨の不自然な部分も含まれており、検察官も、全体についての事情録取を終えた上で、

市として土地収用法を適用して買収に応じさせるために積極的に個人取引とするよう指導したのではないか

との質問を発して調書上記録しているのであって、その記載方法からして、右取調検察官も右岡村が真実を述べていないことを喝破していたことが窺われるのである。右岡村は本件に岩槻市の助役や建設経済部長も関与していることから、真実を述べられずにいるのである。

そうだとすれば、少なくとも、この部分について被告人や第一土地を処罰しなければならない必要が存するのであろうか。

被告人や第一土地は岩槻市への協力者なのである。真の責任者は岩槻市であり担当吏員の右岡村ではないのか。

かように、少なくとも、この部分に関する限り、被告人は処罰されるべき筋合いのものではあり得ない。

そして、被告人に対する犯則事実として告発されているほ脱行為から、この部分を除外すれば、残るほ脱所得は約五、〇〇〇万円であり、そのほ脱税額は約三、〇〇〇万円となってしまうのである。

これは国税局から検察庁への告発基準に該当するのであろうか。果たして、実刑をもって望まなければならないほ脱犯なのであろうか。裁判所の熟慮熟考を求める次第である。

第三 被告人の同種事犯による有罪裁判歴について

〈1〉 被告人は、第一土地株式会社設立前の個人営業時代の昭和五〇年に、不動産売買取引を自己個人の名義で行うと所得税の高い累進税率の適用を受ける結果となることから、取引の一部即ち仕入及び売上を第三者名義で行って所得税をほ脱したことにより、有罪判決を受けている事実がある。これについて、原裁判所は被告人質問において、今回の法人税のほ脱においても第三者名義で仕入及び売上を行っているが、前回の有罪判決を受けたのと同一の方法ではないかという趣旨の質問を発しており、被告人はうまく答えられないでいることか、記録上明らかである(記録第一分冊第一二、一三丁)。

しかしながら、今回の事案において第三者名義を用いた売上除外は、既に詳述した通り三件のみであって、前に有罪判決を受けた事実とは内容が根本的に異なるものであると言えるし、その一についてはそのほ脱所得額は前述のとおり、金二、二七七、〇〇〇円にすぎず、その二についてはむしろ損失となっている上、この取引は阪急商事名義で行ったもので阪急商事についてはきちんと税務申告もして納税していたのであって、法人である以上累進課税でなく税率は同一であって決してこの取引に関して税をほ脱しようとしたものでないことが明らかであるし、その三についても既に詳述したとおり、これは岩槻市の指示によるものであって、かつ春日部税務署の了解も得ているということで実行したものであり、本来被告人に責を問うのは酷に過ぎるものなのである。

原審裁判官の右糾弾は彼此の真相をよく検討しないで行われた皮相のものであるというべきである。

〈2〉 また、右の有罪の裁判歴があると言っても、これは既に一〇年を経ているものであって、これを今回の量刑事情として考慮するのは当を得ないものであると言わなければならない。

第四 本件に対する査察進行中の昭和六二年三月期決算の税務申告においても脱税が図られたとの疑いについて

この件の経緯は次の通りである。

即ち、第一土地では、以前からの得意先三名から「いい土地があれば世話をして欲しい」ということで、預り金を受け入れていたが、その預り金の状況は、

昭和五八年三月一九日、林ヨシ子から 金五五〇万円

同 五九年三月、太田和雄から金一、一〇〇万円

同 六二年三月二七日、佐藤政治から 金五〇〇万円

となっていた。

しかし、第一土地が国税局の査察を受けていることが知れわたるところとなり、右三名は不安を感じて、右預け金の返済を申し入れてきた。

これに対し、第一土地には返済が現金預金という形では存在しなかったので、棚卸資産をもって返済に充てることとしたのであるが、元々が、第一土地に対して資金を前もって差し入れてもらっており、これについては利益補償をするという趣旨が当然に存在したものであるから、このことを考慮せざるを得なかったし、不安を与えたことに対する謝罪の意も表す必要があった。

そこで、預り金からすれば高額といえる帳簿価額のものを提供することとしたものであるが、その状況は

林ヨシ子に対し、埼玉県北葛飾郡庄和町永沼所在の田

(仕入原価 金九七四万円)

太田和雄に対し、埼玉県南埼玉郡宮代町所在の田

(右同金一、六〇〇万円)

佐藤正治に対し、埼玉県北葛飾郡庄和町所在の田

(右同金九、一一二、六六六円)

であり、処理の形態は、右三名に対する各物件の売却とし、その代金としては右預り金の売上代金への振替えとしたのである。そのため、経理上は約一、三三五万円の損金が計上された。

これについて、被告人及び共犯者會田数雄が本件で勾留中に国税局から、

脱税ではないか

過去にこのような損切売却の例はないのであるから認められない

と浦和拘置所において追及されたのである。

これに対し被告人や會田は、本件公訴事実について勾留取調べ中であり、ひたすら恭順の意を表明するしか方法がないと考えていた時でもあり、査察官から

税理士に対して、修正申告を依頼する旨の一筆を書け

と指示されて、これに従ったものなのである。

これをとらえて査察中の再度の脱税と評されているのであるが、元来の措置が、査察を受けていたところへ顧客から預け金を返済せよと要求され、信用を維持する必要上過分の返済をしてしまったものであり、又、勾留中拘置所内にあって十分な反論もできないままに修正申告に応ぜざるを得なかったものである。しかも、これに関しては、つまり、顧客三名の要求に対する右のような措置は被告人でなく會田数雄が採ったものである。

従って、拘置所へ査察官がやってきて、その追及を受けたときも、被告人は「會田に聞いて欲しい」と答えており、査察官に対して會田が説明しているのである。

これをもって、査察中再度の被告人による脱税と評価することは、あまりにも酷に過ぎるというべきである。

右経緯に関しては原審では全くと言っていいほど証拠の取調べが行われておらず、しかし量刑上実質的に考慮されていると見られるのであって、控訴審において立証する。

第五 しょく罪寄付について

被告人は、第一審判決までに、金一三〇万円のしょく罪寄付を行っていた。それは、本件での捜査中、捜査担当検事に対して、金一、〇〇〇万円の寄付を致しますと表明していたのであるが、第一審の弁護人から、それ程過分にしなくてもよい旨指示されて、金一三〇万円だけをしたのである。

しかし、右は検察官に対して表明したところと異なる結果となるものであって、今回新たに

「社会福祉法人子供の町」に対して金六七〇万円

「社会福祉法人同仁学院」に対して 金五〇万円

「社会福祉法人三愛学園」に対して 金五〇万円

「社会福祉法人埼玉育児園」に対して 金五〇万円

「社会福祉法人愛全会」に対して 金五〇万円

の合計金八七〇万円を寄付するに至ったものである。

これは、被告人が、今回のほ脱犯で検挙され、金銭的利益は手元に一切残すまいとすることの表れとして十分に評価できるものである。

第六 重加算税の納付について

第一土地は本件について、既に追徴税、加算税、重加算税、延滞税全てを納付し終わっている。

以上

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